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大阪地方裁判所 昭和26年(行モ)12号 決定

大阪市生野区南生野町三丁目七十三番地

申立人

市野兼三郎

右訴訟代理人弁護士

山本治雄

大阪市生野区猪飼野中八丁目七番地

被申立人

生野税務署長

山野正勝

申立人は被申立人に対する昭和二十四年度所得税滞納処分として昭和二十五年六月七日に行つた差押処分および昭和二十六年七月十三日に行つた電話加人権差押処分につきこれが取消を求める訴を提起しこの行政処分の執行停止を求めたが当裁判所は右申立を理由がないと認め次の通り決定する。

主文

申立人の申立を却下する。

(裁判長裁判官 浜本一夫 裁判官 鈴木敏夫 裁判官 下出義明)

(参考)

1行政処分執行停止命令申請書

大阪市生野区南生野町三丁目七十三番地

申請人 市野兼三郎

大阪市北区梅ヶ枝町八九番地敷島ビル内

右代理人弁護士 山本治雄

大阪市生野区猪飼野中八丁目七番地

生野税務署長

被申請人 山野正勝

申請の趣旨

被申請人が昭和二五年六月七日、昭和二四年度所得税徴収処分としてなした別紙差押調書記載物件の差押処分は本案判決の確定するまでこれを停止する。

被申請人が昭和二六年七月十三日申請人に対してなした申請人名義の電話加入権の差押処分及び右に基く公売処分は本案判決の確定するまで之を停止する。

との御裁判を求める。

申請の理由

一、申請の実質的理由は同時に提出した行政処分取消請求事件の原因の通りであるから全部之を援用する。

添付書類

一、疏明方法 本訴に添付した証拠を総て援用し尋訊に際して必要な疏明は提出する。

一、報告書 壱通

一、委任状 同右

昭和二六年十一月五日

右 山本治雄

大阪地方裁判所民事部 御中

2 補充申立書

大阪市生野区南生野町三丁目七三

申請人 市野兼三郎

大阪市北区梅ヶ枝町八九 敷島ビル内

右代理人弁護士 山本治雄

大阪市生野区猪飼野中八丁目七

被申請人 生野税務署長

山野正勝

右当事者間の御庁昭和二十六年(行モ)第一二号行政処分執行停止命令申請事件について申請人は申立の理由を左の如く補充する。

(一) 右電話加入権は申請人の長男勝己が昭和十二年独力で取得し、自己の名義で登録したものであるが、右勝己の出征中申請人が無断で名義変更したものである。申請人は之を内密にしていたため、右差押処分により始めて自己の名義が勝手に変更されたことを右勝己は知り憤慢の情を抱き以後申請人等の家庭生活は冷い空気に閉されている。

(二) 右電話加入権は合資会社伊富屋商店に無償で貸与中のものである。右伊富屋商店は、申請人が代表者であり、昭和二十五年十月傾きかけた家運挽回のため産地卸商――申請人の債権者――等と共に設立せる会社であつて、右電話加入権は将来は右会社に讓渡の黙約があり、その対価を長男勝己に交付することによつて、無断名義変更の謝罪に代える意図であつた。然るに右差押処分によつて、申請人は他の社員に対し、信用を失墜し、同時に勝己との和解の途も失い堪え難い苦痛を受けねばならぬ。

(三) 右電話加入権の公売処分に付せられる時は申立人の精神的損害が甚しいことは前述の事情によつて明らかであるが更に経済的損害も亦甚大である。

1 電話加人権自体を失うのみでなく公売処分によれば、時価を下廻ることは明瞭である。

2 合資会社伊富屋商店に対し損害賠償金を支払はねばならぬ。

3 事業運営のための能率が低下し今後収益に対する影響は大である。

4 取引先の信用を失う。

以上の損害は申立人にとつて回復し難い打撃である。元来申立人の営む瀬戸物業は「投機的要素」の乏しい地味な商売であり従つて収益の実情も至つてささやかであるが此の収益根幹は、その「商人的信用」にかかつて存する。電話加入権公売による前記損害が緯となし横となつて、申請人の「信用」を壊滅し、その生存を脅かすに至ることは明瞭である。

右の如き損害は仮令、後日本案判決によつて適正な税額が確定され申請人が被申請官庁に対して損害賠償を請求したとしても、それによつて、回復されるが如き形式論理的性質のものではなく、もはやその段階では、全然救済されないことは、火を見るより明らかである。

昭和二十六年十一月八日

右 山本治雄

大阪地方裁判所第三民事部 御中

3 執行停止命令申請に対する意見書

申請人 市野兼三郎

被申請人 生野税務署長

山野正勝

右当事者間の御庁昭和二十六年(行モ)第十二号公売処分執行停止命令申請事件に付き本月十日付書面による求意見に基づいて被申請人は次の通り意見を陳べる。

申請人の本申請は左記理由に依つて許容さるべきでない。

(理由)

一、申請人は本申請による公売処分執行停止決定を受ける利益がない。本申請にかかる電話加入権は被申請人が申請人の国税滞納に依り七月十三日差押したものであつて被申請人はこれを同年十月二十七日、同年十一月六日公売処分に付する旨の公売公告をなしたところこれに対して申請人は右の公売期日の前日である十一月五日「該差押物件の所有権が実体上市野勝己(申請人の長男)にあり。」と主張し「一応右公売を猶予されたい。」旨を陳情してきたので被申請人は事実関係調査のため同月九日まで(公告による公売予定日より三日間)その処分を見合せたのである。その後被申請人の調査によると前記該電話加入権は昭和二十三年五月十八日付で勝己より讓渡により申請人にその所有権が移転しており現在に至るもなおその所有権は申請人に属するものであることが確認せられた(必要あれば電話加入者原簿謄本を提出する。)ので被申請人は十一月九日申請人(滞納者)名儀の右電話加入権を公売に付した。本件申請にかかる求意見書が御庁より被申請人の許に送達されたのは右公売処分のあつた翌十一月十一日であつて仮りに御庁に於て本申請を認容され、その執行停止決定がなされたとしてもそれは既に目的たる処分が行はれた後のことに属しその実益は存しない。又たとへ右の如き公売処分が行はれる以前に本申請に対する決定がなされる段階にあつたとしても前記理由により許さるべきでない。

二、本件滞納処分執行により償ふべからざる損害は生じない。行政事件訴訟特例法第十条によれば行政処分の執行は原則として出訴により妨げられるものでない。ただ、その執行により生ずべき償ふべからざる損害とはひつきよう金銭を以て償ふことの出来ない場合をいふことは学説並びに従来の裁判例に徴して明白である。本件の場合滞納処分を実行した後において仮に本訴が被申請人の敗訴に帰したとしたならば国は該処分によつて申請人に与えた損害を金銭を以て賠償するのであつて、申請人の被つた損害はこれによつて完全に償われるべきであるから、本件の如き場合が償ふことの出来ない損害を避けるため緊急の必要がある場合に該当するといふことは出来ないのである。

三、本件の執行停止は公共の福祉に反する。租税の収入は国家財政の見地よりして適時かつ適切になされなければならぬことはいふまでもないところであるが本件申請の如き滞納処分の執行停止がたやずく許容されるにおいては国家財政の円滑な運用は到底期待できないのであつて公共の福祉に反すること甚しいと言はねばならない。以上の点から考へ本申請は速に却下されるべきである。

昭和二十六年十一月十二日

生野税務署長 山野正勝

大阪地方裁判所第三民事部

裁判長裁判官 浜本一夫殿

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